言語聴覚士として
「食べること」「飲み込むこと」をサポート

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

まず始めに、現在の仕事内容について教えてください。

水野さん

水野さん

「トータルSTサポート」という名前で個人事業を運営しています。言語聴覚士の資格に基づき、食べること・飲み込むことに特化したコンサルタント業務を施設や個人に対して食事の評価やトレーニング方法を提供するのが主な事業内容です。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

介護施設などに伺って、職員の方々にセミナーを行うようなイメージでしょうか?

水野さん

水野さん

そうですね。介護老人保健施設や特別養護老人ホーム、サービス付き高齢者賃貸などに伺い、職員のスキルアップを図るためにセミナーや勉強会を開かせていただいています。看護師や介護士が主な対象です。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

利用者の方々とコミュニケーションを取られる機会もあるんですか?

水野さん

水野さん

はい。必要な方に必要な指導やアドバイスを直接させていただくこともあります。嚥下(※1)に特化した業務を請け負うことで、利用者さんが美味しいものを無理なく食べられるようになればその方のQOL向上に寄与できるのではないか、と私は考えています。さらに施設側の視点から見れば、利用者さんの肺炎率が低下すると空床を減らすことにもつながるので、よりスムーズな施設運営ができるというメリットもあります。

子ども時代の苦い原体験。
異業種から言語聴覚士の世界へ

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

10歳のときにお祖母さまの脳の手術が失敗し、その影響で充分な食事を摂ることができなくなった姿を見てきたご経験が、水野さんが言語聴覚士の世界に入られたキッカケだったというエピソードをホームページで拝見しました。そこから、どのような経緯で現在のお仕事にたどり着かれたのでしょう?

水野さん

水野さん

おっしゃる通り、子ども時代の出来事は苦い記憶として残っていたのですが、大学卒業後は言語聴覚士とはまったく関係のないOA機器販売の会社に就職しました。ただ、半ば強引なやり方で営業をかけるような企業であり、気持ちが病んで半年で退職しました。そんなときに看護師の姉から「言語聴覚士になってみたら?」と言われたのですが、当時は言語聴覚士という仕事について何も知らなかったんです。そこから自分なりに調べてみたら、大卒者なら新たに専門の学校を卒業すれば2年で資格が取れること、食べることや飲み込むことに関わる仕事だということ、さらには子どもと接する機会がある仕事だということも知りました。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

子どもと関わることも元々好きだったんですか?

水野さん

水野さん

実は保育士にずっと憧れがあったんです。ただ、私のいとこが先に男性保育士になっていたので、「じゃあやめよう」と。性格上、人と一緒のことはやりたくないタイプで(笑)。ただ、言語聴覚士なら哺乳指導や子どもの言語発達指導にも携われることを知って、すごく良い仕事だと思いました。そこからどんどんのめり込んで、毎日17時間くらい猛勉強。夢にまで国家試験の問題が出てきたほどです…(笑)。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

そうして専門学校を卒業されて、言語聴覚士としてのキャリアがスタートしたんですね。

水野さん

水野さん

そうですね。最初は回復期病棟がある病院に3年間勤めて、その後、慢性期・維持期の病院に移りました。さらにその後は大阪市内の訪問看護ステーションに4年、次いで東大阪の訪問看護ステーションに6年勤めて、言語聴覚士歴15年目となった今年の4月に自分で事業を立ち上げた流れです。

多様な役割を兼務する訪問看護
あらゆる方向に矢印を向かせて

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

同じ言語聴覚士という職業ではありますが、病院と訪問とでは違いがあるのではないかと思います。それぞれの違いや、「こんな方なら病院勤務/訪問看護が向いている」といった水野さんなりの視点があればぜひお聞きしたいです。

水野さん

水野さん

病院は医師や看護師とコミュニケーションが取りやすいので環境的にとても整っているんです。ただ、訪問の場合は自分1人ないし看護師と同行する形なので、基本的には自分ですべての判断を担わなければいけません。利用者さんへの評価のほか、信頼関係の構築、ケアマネージャーさんとのコミュニケーション、さらには営業活動も必要です。野球にたとえるのであれば、病院勤めならバッターをやるだけでいいのですが、訪問看護だと、野手もマネージャーも監督も兼務することが求められます。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

なるほど…!わかりやすいたとえですね。

水野さん

水野さん

広い視野が必要となるので、「ご自宅で生活しながらも利用者さんの状態をより良くさせたい」という気持ちが強い方や、さまざまな方向に矢印が向いていて、たくさんの方を巻き込みながら仕事を推し進められる方は訪問看護に向いているのではないか、と私は思います。最終的には多職種からの矢印が利用者さんに向く。そのようなチームアプローチが求められています。

決して限界を定めないで。
「食べること」は生きる目標にもつながる

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

お話を伺っていると、病院よりも訪問看護のほうがコミュニケーションがより密な印象を受けました。

水野さん

水野さん

そうですね。病院はどうしても環境が閉鎖的です。患者さんにおいて、外出や外泊はできなくはないですが制限がありますし、地域のコミュニティと入院中につながるのもほぼ不可能だと思います。ただ在宅治療の場合、「どこどこの何々が食べたい」と、食べることを通じて1つの目標をより意欲的に掲げることができます。大阪という地域柄のせいか、「王将の餃子を食べたい」という方がとても多いですね(笑)。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

大阪人のアイデンティティといったところでしょうか…(笑)!?

水野さん

水野さん

DNAレベルで受け継がれているのかもしれませんね。利用者さん各々にそういった目標があると、「まずは食べやすい卵豆腐からやってみましょうか」「お寿司が食べたいならねぎトロのねぎ抜きを食べてみましょうか」「ビールが飲みたいならノンアルからトライしましょうか」など、より具体的な提案ができます。もちろんドクターや看護師の許可・同意を得ることは必要ですが、利用者さんやご家族の方々の意向を最大限に汲み取れるのが訪問看護の強みだと思います。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

「食べること」は言わば「生きること」にもつながるということが改めて伝わってきますね。

水野さん

水野さん

利用者さんには、食べたいものがあるのならどんどん口に出して言ってもらい、紙に書いて目標として貼っておくことを勧めています。自分の限界を定めてしまったり、あるいは「お医者さんにこう言われたから」と医療従事者や家族さえも限界を定めてしまう現状に異を唱えられるのが言語聴覚士だと私は思っています。ドクターはリスクを負いたがらないので、絶食や経口摂取の中止を指示されることが多いです。利用者さんに対する正当な評価をもとに「この方はこういう理由だから食べられるんです」と、言語聴覚士として進言するようにしています。

慣れ親しんだ家だから叶えられた
食べたいものを食べる夢

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

心に残っている利用者さんとのエピソードについてぜひ教えてください。

水野さん

水野さん

PTEG(※2)という、首から胃にかけてチューブを通して栄養を入れる処置を受けていた90代半ばの利用者さんがいらっしゃたのですが、その方も例外なく「王将の餃子が食べたい」とおっしゃっていて。ただ、ドクターからは「絶対にダメ」と言われていました。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

それでも、食事が摂れるようになるまでトライを?

水野さん

水野さん

はい。最初は氷のかけらを飲み込めるかどうかというところから始めて、かき氷、卵豆腐と少しずつ段階を上げていった結果、最終的には目標だった王将の餃子を自分で食べられるようになりました。ご家族も涙を流しながら喜ばれていたことをよく覚えています。3〜4ヶ月で目標を達成することができたので、元々のレベルがきっと高かったんだと思います。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

たった3〜4ヶ月…!ご家族の方もきっとびっくりしましたよね。

水野さん

水野さん

そうですね。かなりご高齢だったので肺病が進行していて痰も増えていたのですが、病院から在宅に切り替えると逆に調子が良くなっていって。ご自宅に帰ることができると元気を取り戻す方は結構多いんです。この方も、段階的に必要な評価・訓練を行うことで次第に状態が良くなっていった印象を受けましたね。最終的にはPTEGを外して、経口摂食のみで3食食べられるようになっていました。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

その方が王将の餃子を食べたときの反応はいかがでしたか?

水野さん

水野さん

動画にも撮らせていただいたのですが、とても印象的でしたね。食べながら食レポもしてくださって、可愛らしいと言ったら失礼かもしれませんが、本当に素敵な方だなと思いました。

高齢化社会に対して抱く危機感。
病院から在宅に切り替えた患者に求められる対応

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

高齢化が今後ますます加速していくと、訪問看護の需要がより増えていくのではないかと思います。これからの社会に対して、言語聴覚士として水野さんはどんな想いを抱かれていますか?

水野さん

水野さん

おっしゃる通り、高齢者の母数が増えれば医療の手を借りる方も必然的に増えていきます。病院に入院される方ももちろんいらっしゃると思いますが、病院と訪問どちらも経験している身としては、圧倒的に早期退院をされて在宅医療に繋げていただくのが良いと考えています。先ほどもお話させていただいたとおり、ドクターを始めとした病院勤務のスタッフは限界を早々に決めてしまうんです。「もうこれ以上回復することはありません」「むしろいまは悪くなっています」と。地域の医療機関がそう断定してしまう現状に、私は憂いを覚えずにはいられません。現状維持という名の衰退を促進させているのではないか、とも思っています。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

状態が良くなる可能性を患者から奪っていることにもなりかねないですよね。

水野さん

水野さん

はい。だからこそ、病院から在宅に切り替えた患者さんの可能性を引き出せるアプローチを当たり前のように行える状況・環境をスタンダードにするのが急務であり、私にとっては夢のひとつでもあります。

満足に食事ができない患者を減らしたい。
言語聴覚士の稼働拡大を目指して

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

先ほど「夢」という言葉も出てきましたが、改めて、今後の展望について教えてください。

水野さん

水野さん

現在は主に大阪の北河内・北摂・大阪市内にある介護老人保健施設・特別養護老人ホームを中心にアプローチさせていただいているのですが、さらにエリアを広げていきたいと考えています。また、言語聴覚士の有資格者は現在全国に約4万人いるのですが、全員が全員言語聴覚士として稼働しているわけではありません。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

と、言いますと?

水野さん

水野さん

結婚や育児・親族の介護等でキャリアそのものから離れたり、他の仕事に就いたりして、資格を持っていても言語聴覚士業をされていない方も結構いらっしゃいます。これからの時代は言語聴覚士の力がより強く求められてきます。言語聴覚士の有資格者を第一線にもっと押し出せたら、と考えています。有資格者の方々の力を借りられたら、言語聴覚士という業態がさらに世に出ていくはずです。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

確かに、もっと認知されるべき職業ですよね。

水野さん

水野さん

嚥下障害の評価やトレーニングを「病院でも在宅でも」行える言語聴覚士が増えれば、病院から不当な評価を受けて満足に食事ができない方が減っていくはずです。私が思い描いている「日本中・世界中の方の〈食べる〉をマネジメントする」という目標にもより近づくのではないか、と考えています。

【インタビューに答えてくれたのは…】
水野貴志(みずの・たかし)さん
言語聴覚士、イベンター/フリーランス
https://www.totalstsupport.com/

<経歴>
2010年 大阪リハビリテーション専門学校(現大阪保健医療大学)言語聴覚学科 卒業
2010年 東生駒病院 勤務
2013年 弥刀中央病院 勤務
2014年 アクティブ訪問看護ステーション勤務
2018年 フィルハート訪問看護ステーション勤務
2024年 トータルSTサポート開業

【注釈】
※1:嚥下(えんげ)・・・口の中に入れたものを飲みこみ、胃に送ること。
※2:PTEG(ピーテグ)・・・経皮経食道胃管挿入術(Percutaneous Trans – Esophageal Gastro – tubing)の略。首から食道に小さな穴を開けて、その穴にチューブを通し、チューブの先端を胃、あるいは腸まで届かせて栄養を補給する術式。