対談インタビュー
人をつなぐ〈縁〉と〈愛〉を大切に。未来への布石を打ち続ける薬局薬剤師
今回インタビューにお答えいただいたのは、大阪府で調剤薬局を経営しながら、薬剤師コミュニティ『薬剤師の“わ”』を運営されている岩出賢太郎さん。薬剤師の新たな可能性と働き方を広げてゆく岩出さんの心には、一体どんな軸があるのか?着実に行動の場を拓いてゆく岩出さんに、実行することの大切さと、そのために逆算する歩み方を伺ってまいりました。
編集者
クラミー
まず、岩出さんの仕事内容を教えてください
岩出さん
メインの仕事内容は一人薬剤師で運用できる薬局の展開、運営です。
編集者
りょうちゃん
一人薬剤師とは何ですか?
岩出さん
一人薬剤師というのは、いらっしゃる患者さんに対して、いつも同じ薬剤師が担当する仕組みのことです。たくさん薬剤師がいると、患者さんがいらっしゃる度に対応する薬剤師が変わってしまうんですね。うちでは、いつ来ていただいても同じ薬剤師が対応できるように、薬剤師ごとに担当の患者さんを決めて対応するようにしています。
編集者
クラミー
その形態はイレギュラーな形なのでしょうか?
岩出さん
少ないと思います。大手のチェーン薬局で何店舗も何十店舗も持っているところだと、1日に来局する患者さんが多いので、どんどん患者さんに薬をお渡ししないといけなくなってしまうんです。そうなると、患者さんとしっかりとお話する時間がなくなってしまう。僕はその薬局の形を変えたいと思って、“一人薬剤師”という仕組みを導入したんです。
編集者
りょうちゃん
岩出さんがそんな風に考えるようになったキッカケは?
岩出さん
前職で10数年ほど、1日あたり200人~300人の患者さんが来局されるチェーン薬局で勤務していたのですが、どうしても薬を出すだけの職務になってしまいがちでした。患者さん自身も「はやく薬をくれ」と言いたくなってしまうような環境を経験して、これじゃダメだと思ったんです。
編集者
クラミー
200人、300人!すごい数ですね…。岩出さんの思う“薬剤師のありかた”は、どういったものだったんですか?
岩出さん
チェーン薬局勤務時代は、その会社の教育研修部という薬剤師を教育する部署で働いていたのですが、スキルが上がりづらい状況をひしひしと感じていたんです。だからといって単に口出しをするのも違うよな…、と悩んでいた時に、実際に薬を飲んでいる患者さんから直接話を聞くことができる職場こそが、ベストな勉強の場なんじゃないかと気づいて。薬を飲んでいるのは僕らでなく、患者さん。だからこそ、しっかりと薬のことを僕らが聞いて、患者さんに正しい知識をお伝えしていく必要があると感じたんです。
編集者
りょうちゃん
患者さんに実際に薬を渡せる薬剤師さんだからこそ出来ることですよね。
岩出さん
はい。「前回、この薬を飲んでみていかがでしたか?」とか「こんな副作用が出ませんでしたか?」など、患者さんに教えていただくことで、僕ら自身の知識も増えていくんですよね。
編集者
クラミー
とにかく薬を渡さないといけない、という環境だと、一人ひとりにそこまで向き合うのは難しそうです。
岩出さん
そうなんです。だからこそ、今は小規模薬局でしっかりと患者さんに向き合う薬局作りを目指しています。
編集者
りょうちゃん
かなり地域密着型の薬局だと感じたのですが、心に残っている患者さんとのエピソードは何かありますか?
岩出さん
ちょうど昨日、薬剤師が服薬指導中に患者さんから「あなたのファンです」と、伝えられていて。薬剤師の子も驚いていたのですが、そういう風に言っていただけるのは、僕が目指していた形に近づいている証拠だと感じました。たまに僕が服薬指導をすると「○○さんはいないの?」とガッカリされちゃう時もあって(笑)。担当の薬剤師が愛されているという嬉しさと、落ち込まれちゃう寂しさと、複雑な気持ちです(笑)。
編集者
クラミー
岩出さんの目指している形が確実なものになっているがゆえ、ですね(笑)。
岩出さん
そうですね(笑)。どうしても1日に対応できる患者さんの人数が限られてはしまうのですが、それでも利益的にやっていける限りは、僕はこのスタイルを大切にしていきたいと思っています。
編集者
りょうちゃん
岩出さんは『薬剤師の“わ”』という、薬剤師のコミュニティを運営されていますが、このコミュニティを立ち上げたキッカケはなんだったんですか?
岩出さん
僕が目指している薬局の形を考えた時に、一番の欠点は“管理者の人柄や能力に薬局運営が大きく影響されてしまうこと”だったんです。例えば、患者さんが担当になった薬剤師と合わなかった場合、もう薬局自体に来てもらえなくなってしまうじゃないですか。そういった面も含めて、薬剤師って知識だけでなくコミュニケーション能力も大切だよな、とひしひしと感じて。
編集者
クラミー
知識もあって、コミュニケーション能力もある薬剤師に出会うのは、探すとなるとなかなか難しいことですよね。
岩出さん
そうなんです。だから「薬剤師を探しに行く」ではなく、興味のある人に「会いに来てもらおう」と思ったんです。
編集者
りょうちゃん
それで『薬剤師の“わ”』を?
岩出さん
はい。とは言え、ただコミュニティを作るだけじゃ継続性がないと思ったので、勉強好きな薬剤師の一面を考慮して、勉強会をセットにすることにしたんです。毎月、交流会と勉強会をセットにして、薬剤師の皆さんに来てもらえる環境を作りました。
編集者
クラミー
普段違う場所で働いている、同じ職種の人同士のコミュニティは貴重ですね。
岩出さん
みんなで情報交換をすることができる場所があることは、とても良いことだと感じます。僕らのような小規模薬局って、なかなか情報が入ってこないんです。コミュニティの中には1オーナーで実店舗を経営されている方もいらっしゃるので、頻繁に外に出ることもできない場合もあって。そんな中でも、『薬剤師の“わ”』に来ていただければ情報共有ができる。そんな場所をこれからも提供し続けたいと思っています。
編集者
りょうちゃん
岩出さんの考える“薬剤師の未来”はどういったものですか?
岩出さん
今の薬剤師の仕事って、病院で処方された薬を薬局で調剤してお渡しする、というイメージがメインだと思うんです。でも実は薬局って処方箋がなくても、薬に関することや健康に関することの相談があれば気軽に来ていただいて良い場所なんです。
編集者
クラミー
そうなんですか!?
岩出さん
そうなんです!薬のことだけでなく、「健康を増進する」ということも薬剤師の大切な業務の一つなので、皆さんに気軽に来ていただける場所にしていくことが、薬剤師、そして薬局の未来に願うことです。
編集者
りょうちゃん
それを聞いて、一気に心強くなりました。
岩出さん
薬剤師側は「薬局に来てください」と、みんな思っているんですよ。在宅薬剤師の仕事もあるけれど、基本的に僕らは薬局から出て何かをすることはできないので、来ていただいて勉強したことをお伝えしたいんです。それってきっと、利用者さんにとってもメリットですし、薬剤師もアドバイスをすることで自分の色を発揮することができますし、お互いに良いこと尽くしなんです。
編集者
クラミー
例えば、美容のサプリメントなどの飲み合わせの相談にもお答えいただけるんですか?
岩出さん
そうです。先ほども言ったように、健康増進が僕たちの大切な職務なので、そういった相談も受けることができます。
編集者
りょうちゃん
目からウロコでした!
編集者
クラミー
コミュニティの運営や、薬局経営をされている岩出さんから見て、“薬剤師に向いている人”はどんな人ですか?
岩出さん
僕が思うのは“人が好きな人”ですかね。薬学部では、勉強ができてテストの点数がよければ評価されるのですが、実際に現場に出た時に大切なのは人を好きかどうか。薬を出すだけでなく、患者さんの些細な変化に気づいて「どうかしましたか?」と、一声かけることのできる人が、薬剤師には向いていると思います。
編集者
りょうちゃん
人対人、の仕事ですもんね。
教育として「一声かけなさい」「共感しなさい」というのは簡単だけれど、実際にそれをやろうと思っていたら、心の中で常に意識をしていないといけないじゃないですか。そうなると知識の蓄えは当然必要ですし、それ以上に人に興味を持っておく必要があるんですよね。
編集者
クラミー
薬剤師は同職種間の転職も多い職種だとお聞きしました。今の職場から転職しようと考えている薬剤師の方に何かメッセージをいただけますか?
岩出さん
先ほどからお話しているように『薬剤師の“わ”』を運営しているのですが、そのコミュニティでは収益を考えてないので、もし興味があれば、安心してそちらに来ていただければと思います。
編集者
りょうちゃん
たくさんの仲間たちがいる場所ですもんね。
岩出さん
はい。そこで生まれる出会いもきっとありますし、僕ら自身にも言えることなのですが、1人で出来ないこと、分からないことは、まず誰かに聞いてみて欲しいんです。『薬剤師の“わ”』は、そういった際に活用することのできるコミュニティだと思うので、まずは一歩踏み出して、僕らの“わ”に入って来ていただきたいです。非常に狭い業界だからこそ、人に頼って欲しいと思います。
編集者
クラミー
その狭さが、情報を得る際には助かりますね。
岩出さん
そうですね。そういった面では、薬剤師ってカテゴリがすでに確立しているので、転職もしやすいと思います。
編集者
りょうちゃん
『薬剤師の“わ”』は、薬剤師であれば誰でも参加できるコミュニティなのでしょうか?
岩出さん
病院、薬局、企業に関係なく誰でも参加可能です。同じ薬剤師でも病院薬剤師と薬局薬剤師には違いがありますし、気にする方もいるとは思うのですが、同じコミュニティでお話ができれば、そこの壁もなくなっていくので、安心して皆さんに来て欲しいです。僕らはずっとウェルカムで皆さんをお待ちしています!
編集者
クラミー
最後にひとつ。薬学部を卒業後、大学院で博士号を取得された岩出さん。珍しいことだとお聞きしたのですが、何故、博士号を?
岩出さん
前職の時に時間があって、当時の社長に「大学院に行ったら?」という言葉をいただいたのがキッカケでした。ちょうどその時、調剤報酬改定(※1)を国が話し合っているタイミングだったのですが、そこで小さな病院から提出された1枚の論文が「この取り組みは良いことなんだ」と、厚生労働省の審議の場に上がったんですよ。それを聞いて、「評価してもらうことって大事なんだ」と感じて。ただ、薬局からは論文が出ないという話を聞いて…
編集者
りょうちゃん
薬局の薬剤師さんから論文が出るのは珍しいことなのですか?
岩出さん
そうみたいでした。医師も看護師もバンバン論文を出している中で、薬局から論文が出ないというのは問題だと感じたんです。僕は、小さな薬局からでも論文を出して、その論文が議論の机にのってほしいと思ったんですよね。
編集者
クラミー
それで博士号を?
岩出さん
はい。大学院で論文の書き方や研究の仕方、お作法などを学ぶために博士課程に通うことにしました。シンプルに博士号を持っているほうが、論文を提出した際に自分の目印になると思って、自分の声を聞いてもらうために博士号を取得した、というイメージですね。
編集者
りょうちゃん
薬剤師、薬局の未来を切り拓くための博士号ですね。これからの岩出さんのご活躍を楽しみにしています。
【インタビューに答えてくれたのは…】
有限会社SHD 取締役
薬剤師の“わ”代表
一般社団法人 日本未病管理学教育協会 代表理事 岩出賢太郎さん
2005年3月 神戸薬科大学 卒業
2005年4月 調剤薬局勤務
2015年3月 武庫川女子大学 薬学部 修士課程修了
2018年12月 薬剤師の“わ” 立ち上げ
2019年3月 名城大学 薬学部 博士課程修了
2019年3月 有限会社SHD スタート
2021年12月 一般社団法人 日本未病管理学教育協会 代表理事
【注釈】
※1:調剤報酬・・・医療機関が患者さまに対して医療サービスを提供したときに、対価と
して受け取る報酬、診療報酬のうち、保険調剤を行ったときの報酬を
調剤報酬という。