対談インタビュー
人をつなぐ〈縁〉と〈愛〉を大切に。未来への布石を打ち続ける薬局薬剤師
今回インタビューにお答えいただいたのは、大阪府・あざらし薬局の代表取締役兼、自ら薬局薬剤師も務める稲田加奈さん。大手薬局での調剤経験を経て、なぜ、門前のクリニックのない場所に調剤薬局を開業したのか。稲田さんの秘める情熱と、目標に向かって行動していく在り方を伺ってまいりました。
編集者
クラミー
まず、稲田さんの仕事内容を教えてください。
稲田さん
仕事内容の大半は、訪問看護師さんやケアマネージャーさん、時には訪問ドクターと一緒に在宅治療をされている患者さんに薬を届けにいくこと。その他にも施設入居者の方々向けに調剤を行うこともあります。
編集者
りょうちゃん
薬局となると、門前のクリニックの患者さんをターゲットにすることが多いと思うのですが、在宅医療関係の方とのやり取りが主なんですね。
稲田さん
そうですね。あざらし薬局の近くに何件か病院はあるのですが、基本的には訪問看護師さんや、ケアマネージャーさんとお取引をすることが多いです。皆さん、自分の業務をこなしながら薬の管理までやられていると、どうしてもぐちゃぐちゃになってしまうこともあるようで、そういった場合に看護師さんから「ちょっと介入して欲しい」とお声をいただき、一緒にお仕事をさせていただいています。
編集者
クラミー
稲田さんが、“薬剤師”というお仕事を選ばれた理由を教えてください。
稲田さん
選んだ理由は「消去法」です(笑)。
編集者
りょうちゃん
消去法!?
稲田さん
経済的に安定している職業を考えた時に、ドクター、看護師、その他にも弁護士など様々な職業があったのですが、そのどれもが資格を取るまでに非常に高い金額がかかるもので…。一般的な家庭で育った自分からすると、先行投資の金額が大きすぎたんです。それでも安定は譲れなかったので、「医療職の中で、自分が目指せる職業は何だろう」と考えた時に「あ、薬剤師だ!」と思って(笑)。シンプルに安定的な高収入を目指して6年間の学校生活を頑張りました。
編集者
クラミー
なるほど!シンプルだけれど、賢明な消去法ですね。
編集者
りょうちゃん
無事に薬剤師になった後、あざらし薬局を開業されるまでの過程を教えてください。
稲田さん
卒業後、薬剤師になってからは門前のクリニックで1年勤務して、そこから大手の医療モールに第2新卒の状態で転職しました。あえて正社員にならず、自分の知識や経験値を養うためにパートとして3年間働いて、あざらし薬局を開業したんです。
編集者
クラミー
もともと薬局を開業するつもりで動かれていたんですか?
稲田さん
いえ、そのつもりはまったくなく、最初に転職をしたのはハードワークすぎる労働環境が原因でした。薬剤師って良くも悪くも世間知らずになってしまうことが多いんです。私も例に漏れず1年目の時は世間知らずで、自分の勤務先がハードワークだということに気づいていなかったんですよ。その後、大手の医療モールに転職して初めて、元の勤務地の異常さを痛感したといいますか…。ただ、1年目に勤務していた企業の社長のことは大好きだったんです(笑)。社長のキャラクターに惹かれて入社を決めたので、ほとんど社長の隣で仕事をさせてもらっていましたね。
編集者
りょうちゃん
実際に社長の仕事ぶりを近くで見られていて、どう感じましたか?
稲田さん
会社をまわしていく強さや勢いを見せてもらいました。そういった社長の姿を見ているうちに「自分に足りないものってなんだろう?」と考えるようになって。その時に、自分が圧倒的に世間を知らないことに気づいたんです。「もっと広い世界を知らないといけない」と思い、社長の元を離れて大手医療モールへの転職を決めました。そうしてパートで働きながら、自分で起業する元手や材料を揃えていった、という感じですね。
編集者
クラミー
起業する際に、迷いなく薬局を選ばれたんですか?
稲田さん
いえ、実は勝負したかった業界がもうひとつあったんですよ。一つは薬局開業で、もう一つは飲食関係。
編集者
りょうちゃん
飲食!まったく違う業界ですね。
稲田さん
本当は飲食関係を先にやりたかったのですが、そのタイミングでちょうどコロナの自粛期間がきてしまって。気持ち的にはだいぶ飲食関係に傾いていたものの、タイミングを考えて薬局開業を選択しました。
編集者
クラミー
何かのスタートは、本当にタイミングが大事ですよね。
稲田さん
私の中で「逃げる仕事」と「逃げない仕事」があると思っていて、それで言うと飲食関係は「逃げない仕事」なんです。その一方で、薬局の開設は「逃げる仕事」という認識だったんですよね。個人的に「この世代で個人が薬局を立ち上げるのって、私で最後なんじゃないか」と思ったので「早くやりたい!」と、急かされるように創業しました。結果、それが良かったな、と思います。
編集者
りょうちゃん
門前のクリニックや人脈がゼロの状態からの薬局開業。そのモチベーションはどこから来ていたんですか?
稲田さん
私、「やらずに死ぬか、やって死ぬか」を選ぶとしたら、絶対に後者なんです。そして、自分の持っている力を測定するのに一番分かりやすいのが“ゼロからのスタート”じゃないですか。何かを始める時、すでに1か2あるものをプラスアルファしていく労力って、ゼロから1を作る労力の半分にも満たないと思っているんですよね。ゼロの状態から自分のステータスを試していく、それが試練として一番最適だと思ったので、私はゼロを選びました。
編集者
クラミー
「自分自身の力を試していく」姿勢ごと、まるっとモチベーションなんですね。
稲田さん
そうですね。ゼロからのスタートって、どこまでいってもすべて自分の責任なんです。裏を返せば、ゼロから100になった時もすべて自分の力なんですよね。もちろん、先輩やお世話になった方から繋いでいただくお仕事もあるのですが、その人脈まで辿り着いた自分を褒めてあげるべきだと私は思っているので。
編集者
りょうちゃん
うんうん。人脈こそ、自分自身が築き上げたコミュニティですもんね。
稲田さん
それは大手の企業に務めていたら分からないことでした。大手の企業で働いていた頃は、なんとなく営業部隊の成果を見て「あ、在宅医療の仕事が〇件きた」や「処方箋が300名分きた」といった感覚で日々労働をしていたんです。ただ私の場合は、自分でやって結果を出していくほうが好きなタイプだったので、今のような環境のほうが向いていたんですよね。
編集者
クラミー
実際、最初の営業はどのように動かれたんですか?
稲田さん
一番最初は飛び込みで営業に行きました。いろいろな交流会などで企業のトップの方と知り合って、そこから大きな仕事をいただくことも大事だと思いますし、そういった繋がりは欲しいけれど、私の目指すところはあくまで“地域医療”であり、地域の人たちにどれだけ歓迎されるものであるか。なので、どこまでもケアマネージャーさんを追いかけていきます(笑)。
編集者
りょうちゃん
このお仕事のやりがいを感じる瞬間はいつですか?
稲田さん
患者さん以外も助けられるのが、この仕事のやりがいだと思います。もちろん医療従事者として「患者さんのためにある仕事」というのは大前提なのですが、私たち薬剤師が薬を整理整頓するだけで、患者さんに関わっているドクターやヘルパーさん、看護師さんなどの負担を減らすことができるんです。「患者さんを助ける」というのは基本にあること。そこにプラスアルファで、ご家族の方や医療従事者の方々の助けになれた時にやりがいを感じますね。
編集者
クラミー
それは、この仕事を始めた当初から感じていたやりがいだったんですか?それとも場数を踏んで見つけたやりがい?
稲田さん
もともと私の親が介護士で、姉が看護師なこともあり、この仕事を始める前から医療従事者の方やヘルパーさんたちが激務であることは知っていたんです。なので、薬剤師になった当初から「そこまで手が届く薬剤師でありたい」とは思っていました。薬剤師って他の医療職と違って、訪問のサービスに決まった所要時間がない職業なんですよ。なので、自分を必要としている方に必要なだけサービスをして、手が足りている方に対しては効率よくパッと終わらせることもできるんです。そういったサービス時間のバランスをとることができるのが強みでもあるな、と思います。もちろんサービスをする以上は、どの場所、どの方に対してもマックスのパフォーマンスをすることに変わりはないんですけどね。
編集者
りょうちゃん
では最後に、稲田さんの思う薬剤師に必要な能力を教えてください。
稲田さん
一概に薬剤師といっても働き方の形態が様々なので、適材適所な部分はあるのですが、共通して言えることは「“現場で得たものを活かすセカンドキャリア”を作ることのできる能力」が大切だと思います。薬学部6年間の学校生活で学べることって、本当に知識だけなんです。その知識を持って卒業、就職して実際に薬剤師としてのキャリアが始まると思うのですが、「1社目で得たものだけでキャリアを続けていくのはもったいない」と私は思っていて。
編集者
クラミー
大学では知識を中心に学ぶからこそ、1社目で実際に現場を見て、自分の中に「こういった働き方をしたい」という気持ちが出てくる、とか?
稲田さん
そうなんです。実際に1社目で薬剤師の業務を始めてみると、自分のやりたいことや、希望の働き方が見えてくると思うんです。自分の目標が見つかった時に、その目標を達成するためのスキルが自分に足りているのかを確認して、もし足りていないのであれば、“目標を達成するために欲しいスキルを探しにいくセカンドキャリア”があってもいいと思います。実際に私はそれで多くのことを学べましたし、足りていなかったピースを埋めることもできました。
編集者
りょうちゃん
確かにそういった理由に基づく転職も、人生を彩る方法の一つですね。とは言え、セカンドキャリアになかなか踏み出せない方のために、是非、経験者でもある稲田さんからメッセージをお願いします!
稲田さん
考え方も方法も人によると思うので、あくまで私からのメッセージなのですが、もし迷っている場合、自分の目標到達に関してお金で測れる指標があれば、それが一番分かりやすいと思います。例えば「30歳までに1000万円を作りたい」と思うのならば、それが可能になる働き方を選ぶ。とにかく自分の目標を具体的に決めることから、いろいろな選択が見えてくるんじゃないかと思います。決めた目標から逆算してキャリアを選んでゆく。そういった意味でも、自分と向き合う時間が取れるような環境で働いて欲しいと思います。
大阪府・あざらし薬局 代表取締役 稲田加奈さん
2018年3月 大学卒業
2019年〜 中規模病院の門前薬局で一年勤務。
施設在宅をまわしながらラウンダー、リクルーターも兼任
2020年5月〜 大手に転職。3年間医療モールでの調剤
2022年2月 同社退職
2022年5月 あざらし薬局 独立開業