意欲的に飛び込んだ訪問看護の世界
会社を〈ワンチーム〉に変えていくために

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

まず始めに、現在の仕事内容を教えてください。

井芹さん

井芹さん

会社としては訪問看護事業がメインで、そのほかに、居宅介護支援事業や、健康なシニア層を対象としたヨガ・ピラティススタジオの運営事業を行っています。今はこの3つが主な事業内容です。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

井芹さんが入社された頃は、今よりももっと従業員数が少なかったと伺っています。元々、井芹さんが会社に入ったきっかけは何だったのでしょうか。

井芹さん

井芹さん

入社前は鳥取で理学療法士として働いていたのですが、自分で訪問看護事業を立ち上げてみたいと考えていて。ただその頃は、県内に訪問看護自体が少なかったので、県外に修行に出ようと思って神戸に行きました。神戸で2年間だけ勉強して、その後改めて鳥取に戻って事業を立ち上げる計画でした。それで、今いる株式会社ピュア・クリオと、もう1つ別の会社も掛け持ちしながらしばらく働いて。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

2社で働かれていたんですね…!

井芹さん

井芹さん

はい。ただそんななかで、ピュア・クリオの元代表から「掛け持ちではなく、フルコミットしてくれないか」と打診されて。自分としては将来的に起業することを計画していたので、後々に会社を買い取らせてもらうことを条件として提示して、掛け持ちはやめてピュア・クリオに全振りしました。当時のピュア・クリオは離職率がとても高く、「会社を大きくするつもりはないけれど、どんどん社員が辞めてしまう状況はどうにかしたい」という課題を抱えていました。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

元代表の言葉を聞いて、井芹さんはどう動かれたのでしょうか。

井芹さん

井芹さん

会社がひとつにまとまっていないように思えたので、まず元代表が大事にしていた理念を共通認識として持つよう社内で働きかけました。ただ、なかなか折り合いがつかない部分があり、結果的に会社から去ってもらうよう人員整理を行ったこともありました。一旦リセットした形です。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

ワンチームとして束ねるためには、厳しい判断をせざるを得ないときもありますよね。

苦難の道のりが続きながらも
始めに抱いた〈夢〉に再び奮い立たされて

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

会社としてリスタートを切ったあと、さらにもう一歩先へ進まれていったのでしょうか。

井芹さん

井芹さん

いえ、すぐには上手くいかなくて。求心力のあった社員が辞めた関係で、実はその後も離職が続いてしまったんです。そのため規模としては小さくなってしまったのですが、まずは元代表の理念ややりたいことを最優先にして、元代表と各従業員の間に僕が入りながら、少しずつ会社の結束力を固めていきました。当時の立場としては、僕は2番手の役割でした。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

元代表が掲げていた理念は、具体的にどのようなものだったのでしょうか。

井芹さん

井芹さん

よく口にしていたのは、「いただく依頼は基本的に断らない」。自分たちが断ってしまうと患者さんの最後の砦が閉ざされるようなつもりで、依頼ひとつひとつを丁寧に受けていこうというのが元代表の考えでした。ただ、いかんせん当時は会社の規模が大きくなかったので、依頼を受ければ受けるほど現場に負荷がかかってきます。その辺りを現場の人間たちにも理解してもらいながら進めていった形です。時間はかかってしまいましたが、その後、現在の取締役でもある副社長が会社に入ってきてからは風向きがぐっと変わっていきました。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

それはなぜでしょうか?

井芹さん

井芹さん

振り返ってみれば、どんなに一生懸命手を尽くしても社員の離職が絶えない状況の渦中にいた当時の僕は病みかけていたんだと思います。夜はなかなか眠れなくて、朝出社して事務所に入ると手も震えてしまって。元々は訪問看護がやりたくてこの業界に飛び込んだはずなのに、「あなたの夢は何ですか?」と問われたらもう何も答えられないくらい、目の前のことに必死になりすぎていました。そんなときに入社したのが例の副社長で、当時彼は競艇選手を目指していたんですよ。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

競艇選手…!またがらりと違う職種ですね…!

井芹さん

井芹さん

そうですよね(笑)。競艇選手の学校に受かるための勉強をずっとしてきたけれどなかなか上手くいかなくて、でもお金も稼がないといけないから、一時的に働かせてほしいという話を面接のときにされたんです。目指している場所はまったく違うものの、自分のやりたいことを一生懸命追いかけている姿って、訪問看護の業界を志し始めた頃の自分に通ずるものがあるな、と。以来、彼と夢に関する話を交わすなかで、久しぶりに素直な夢を自分が語っているなという感覚になれて、そこからぐっと気持ちを立て直せていきましたね。

「断らない」を貫く。
チームが成長するためには“負荷”も必要

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

情報通信技術の発達により、さまざまな業界で業務のスマート化が実現していますが、人と濃く関わる医療系の仕事はなかなか難しい部分もあると思います。いただいた依頼をすべてこなそうとすると現場に人的な負荷が生じる話も先ほどされていましたが、その辺りの対策の仕方やモチベーションの保ち方はどうされていましたか?

井芹さん

井芹さん

「断らない」を貫くと、困難事例と呼ばれるケースが集中して集まってくるようになるんですね。よそが対応しきれなかったケースであったり、受け入れを断られて転々とした結果僕たちの所に辿り着いたケースであったり。でも僕たちは比較的、そういった事例こそ軌道に乗せてきたことが多くて。結局、負荷がかかるからこそチームは強くなっていくと思うんです。負荷をかけずに守ることばかり考えて患者さんを選ぶようになってしまうと、チームはなかなか成長しません。僕たちは困難事例を通じて利用者さんに育てていただいたチームでもあると思うので、チームを信じてあえて負荷をかけていくのも大事なことなんじゃないかと考えています。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

負荷をかけることで、きっとチームみんなのキャパシティが広がっていくんですね。〈断らないを貫く〉…とっても良い言葉です。

井芹さん

井芹さん

断るってどういうことなのか、今一度真剣に考えてほしいなと思っていて。従業員ひとりひとりが、自分事として。例えば、断られた1ケースが仮に自分の親だったと考えたときに、落ち着いてはいられないと思うんです。自分とは直接関わりのない人だったとしても、別の誰かにとってはきっと大切な人なので、断るということがいかに大きな選択なのか、忘れないでいてほしいです。

〈想い〉は言葉にして伝えていく
大事なのは結果ではなく、物事との向き合い方

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

昨今は起業を志す方が増えていますが、元々どんなに大きなビジョンや希望を掲げていても、“続けていくこと”は想像以上に難しいのではないかと思います。自信を失わず、志を維持させるためのアドバイスはありますか?

井芹さん

井芹さん

〈言葉にすること〉はとても大事だと思います。自分の頭の中で考えていることを、信頼できる社員にまずちゃんと伝える。理想論でも、青臭いことでもいいと思います。そして社員に話した以上、その想いは貫かないといけません。上手くいくかいかないかは一旦置いといて、社員に話した約束事は最後まで必ず守る。普段の自分がひとつも妥協することなくやれていると自ら分かってさえいれば、目の前の物事が上手くいっていようがいまいが、自分を信じられると思います。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

確かに、自分のことを24時間見続けているのは自分しかいないですもんね。

井芹さん

井芹さん

そうですね。目の前で起こった結果というよりも、自分自身が物事とどう向き合っているかが最も大事なんじゃないかと思います。

面接は双方が「選ぶ側」
ありのままのコミュニケーションに準備は不要

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

人を採る側の立場にいる井芹さんは、これまでに面接を担当されたこともあるかと思います。面接の際、井芹さんは何を重要視されていましたか?

井芹さん

井芹さん

まず面接は、「選ぶ側」「選ばれる側」といった感覚でやらないようにしているんです。現在僕は面接からは外れているのですが、担当しているマネージャーたちにもこのことは伝えています。お互いが「選ぶ側」だと思っているので。なので、変に準備して面接に挑まないほうがいいのではないでしょうか。僕たちは基本的に、フランクな面接を心がけています。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

確かに、準備すればするほどその人自身が見えづらくなってしまいますよね。

井芹さん

井芹さん

そうなんです。なので面接では、僕たちが大事にしていることと、面接に来られた方が大事にしていること、それぞれを伝え合うようにしています。加えて、会社が抱えている課題も基本的に包み隠さずすべて話します。たとえば残業時間の多さなど、社員に悪い影響を与えてしまう可能性があるようなことも含めてです。そのうえで、うちで働きたいかどうか確かめるようにしています。お互いが両思いになれるか見極めるのが面接なので。だから採用基準を設けるというよりも、僕たちがやっていることを伝えて、それに対して共感してもらえたら、なおかつ僕たちもその人を「良いな」と思ったら、採用が決まるような流れです。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

なるほど…!両思いを目指したいのに、あまりにも準備されすぎてしまうと見極めるのも一苦労ですよね。

井芹さん

井芹さん

だから面接の最初の20分くらいなんて、固めてきたものを剥がす作業ですね(笑)。自己PRだとか長所短所だとかは一切聞かないです。そもそも僕らの臨床の現場は人との関わり合いなので、瞬間瞬間から生まれるコミュニケーションにおいて準備できるものなんて本来何もありません。不意に飛んできたことに対してどう答えていくのか、そんな臨機応変さが大事になってくると思います。

〈幸せ〉の反対にあるのは〈慣れ〉。
当たり前だと思わずに、感情の温度感を保つ

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

訪問看護の現場において、印象に残っている出来事はありますか?

井芹さん

井芹さん

最近の出来事なのですが、ある日事務所の扉を開けたら、扉の向こうで社員が1人で泣いていたことがありました。最初は「ああ…また退職かなあ…」なんて思ってしまって。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

そうですよね…過去のトラウマもありますし…。

井芹さん

井芹さん

ただ、実は利用者さんを看取った直後だったらしくて。僕らは、1ヶ月に大体12件くらいの看取りをしているので、かなりの数の〈最期〉に関わるステーションなんです。看取る機会が増えてくるとどうしても慣れが生じてくるものですが、人の最期に慣れてしまうのって一番怖いことだと思っていて。だからこそ、死に対する悲しさを失わずに現場に立ち続けている社員が仲間として共に働いてくれているのは嬉しく思いました。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

決して手を抜いているわけではなくても、慣れてしまうと温度感もきっと変わってきてしまいますよね。

井芹さん

井芹さん

「“幸せ”の反対にあるのは“慣れ”」という言葉を聞いたことがあって、この言葉が自分のなかでかなりしっくり来ました。書類作業などのルーティン業務はある程度の慣れも必要かとは思いますが、人と人との関わりに慣れが生じてしまうと、〈当たり前〉がどんどん生まれていってしまうんと思うんです。そうなると、仕事の楽しさややりがいが感じられなくなるのではないでしょうか。だからこそ、新たに入社したスタッフには「慣れないこと」を伝えるようにしています。なかなか難しいことではあるんですけどね。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

緊張感などの感情を、失うことなくひとつひとつ丁寧に持ち続けるのが大事なのかもしれないですね。

10年後のビジョンは「看取り難民を作らないこと」
仲間と共に働きがいのある毎日をこれからも

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

今後チャレンジしたいことは何かありますか?

井芹さん

井芹さん

「看取り難民を作らない」をこの先10年のビジョンとして掲げています。高齢者が増加しているなかで、業界内での働き手や訪問看護ステーションも現状増えてはいますが、それでもまだ十分ではないと思うんです。「家に帰りたい」と思ったときに当たり前のように家に帰って来られる状態が、2030年にどれくらいあるのだろうと考えたりして。2030年には、誰にもケアされずに亡くなっていく看取り難民が全国に47万人発生すると言われています。例えば今だと、桜が咲く時期になると利用者さんを連れて花見に行っていますが、働き手が足りなくなっているであろう2030年に同じことができるのかどうか定かではありません。いま当たり前のようにやっていることを10年後も続けていけるのか、今後さらに真剣に考えていきたいと思っています。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

働き手を増やすことが、きっと今後ますます必要になってきますよね。

井芹さん

井芹さん

そうですね。いまも、優れた訪問看護ステーションが全国にたくさん生まれつつはありますし、Instagramなどで現場の方たちが積極的に情報発信もしてくれているので、ひと昔前と比べると訪問看護の見え方は変わってきていると思うんです。きっと訪問看護の業界で働いてみたいと思ってくれる人も少しずつ増えてくれるんじゃないかと思っているので、未来に対する働きかけがとても大事ですね。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

10代後半などのいまの若い世代は、話を聞いてみると「やりがいを感じながら仕事を全うしたい」と考えている方が意外と多いんです。“ゆとり”といった言葉で括られがちですが、これからを担うことになる若い世代はかなり頼もしいような気がしています。

井芹さん

井芹さん

確かに、やりがいや働きがいをきちんと築けるような環境を作ることは僕も意識しています。実際、会社の従業員に対して「全従業員の働く意義を豊かにする職場環境を追求する」というミッションを掲げていて。働く意義が豊かになるとは一体どういうことなのか、従業員と一緒に考えていく会社でありたいなと思っています。

【インタビューに答えてくれたのは…】
井芹慎哉(いせり・しんや)様

株式会社ピュア・クリオ
クリオ訪問看護ステーション・リハビリテーション 代表

淡路島生まれ淡路島育ち
岡山県で理学療法士免許取得後、東京の急性期病院で勤務
その後、国立病院機構に転職し、鳥取医療センターで7年間勤務。鳥取医療センターで神経難病病棟、重症心身障害児・者病棟、回復期リハビリテーション病棟等で従事。回復期リハビリテーション病棟で退院支援に関わる中で、入院患者に対して在宅側から退院支援に関わることの重要性を感じ訪問看護ステーションの設立を目指す。
神戸市にて、2ヶ所の訪問看護ステーションを掛け持ちで働き経営を学ぶ。
1年後、クリオ訪問看護へ5年後事業承継を前提に役員として完全コミット(社員数10名)
5年後、株式会社ピュア・クリオをM&A。株式譲渡完了(社員数90名)
その後、代表取締役として現在に至る(社員数110名)