対談インタビュー
医療従事者に新たな〈縁〉と〈場〉を提供。志高くコミュニティ運営に勤しむ臨床工学技士
今回インタビューにお答えいただいたのは、日本の獣医療の礎を築いた、東京都・三鷹獣医科グループの小宮山典寛さん。海外で先進的な獣医療を学び、日本の獣医療に変革を起こし続ける小宮山さんに、タフに進化し続ける仕事論をたっぷりお話いただきました。
編集者
クラミー
46年続く、三鷹獣医科グループ。その歴史を教えてください。
小宮山さん
動物病院って戦後からでき始めたもので、実は70年ほどの歴史しかない病院なんです。その中で46年前となると、ちょうど戦後20~30年の頃。動物病院自体の認知は増えているものの、分野的には低迷期の時代に開業しました。
編集者
りょうちゃん
もともと医療職を目指されていたんですか?
小宮山さん
僕の父親が歯科医だったこともあり、医療職に就くことは漠然と決まっていて。父親は開業医としていろいろな医者の技術などを見てきた人だったので、当時の日本で学ぶ技術とアメリカで学ぶ技術に大きな差があることを知っていたんです。そこで僕に「アメリカで勉強するか?」と提案してくれて。「是非行かせてください」ということで、アメリカの大学に入学することになりました。
編集者
クラミー
アメリカで獣医師の勉強を?
小宮山さん
はい。夜は学校に通いながら、昼は無給で病院で働いていました。それを1年ほど続けて、ある程度英語が話せるようになってきたら専門病院にも行ったりして。そうしてアメリカで勉強を続けているうちに、アメリカの24時間体制の獣医療の形に出会ったんです。
編集者
りょうちゃん
その当時からアメリカでは24時間体制があったんですね!
小宮山さん
そうなんです。確かに僕自身、「飼っている動物が夜中に病気になったらどうするんだろう?」と思っていたので、アメリカのその体制を見て驚きましたし、それと同時に「日本に持って帰りたい」とも思いました。当時の日本では考えられないことだったので。
編集者
クラミー
今でさえ、日本の24時間体制の動物病院の数は少ないですよね。
小宮山さん
分担して24時間診療しているところはあるけれど、一つの病院で24時間体制はほぼないと思います。実際、24時間体制を築くのってものすごく大変なんです。僕は1977年に帰国して24時間診療の体制を作り始めたのですが、最初は獣医3名とテクニシャン数名でのスタートでした。それが三鷹獣医科グループ創設の歴史です。
編集者
りょうちゃん
海外の体制を日本で構築…歴史的なことです。ただ当時の人数を考えると、24時間体制で診療を受け付けるには少ない人数ですね。
小宮山さん
今は総勢46名ほど働いているので、きちんと人が回るのですが、当時は本当に大変でした。
編集者
クラミー
そもそも先生が、“獣医”を目指されたキッカケは何だったんですか?
小宮山さん
先ほども言ったように、何となく医療職に就くことを決めていた時に、僕の兄、長男が歯医者の学校へ行くことになって。そこで「歯医者じゃなくてもいいな」と思い、当時まだ人数の少なかった獣医科大学の存在を聞いて「行ってみるか」と思ったのがキッカケです。
編集者
りょうちゃん
そうなんですね!正直、意外な決め方でした。
小宮山さん
動物病院に就職したい方って「動物が好きだから」という理由が多いのですが、そんなのは当然って話で。そういう時に「厳しいこと言うけれど、好きってだけじゃこの仕事はできないよ」と伝えるようにしています。これは僕に限らず、動物病院コミュニティの誰もが同じ考えを持っているんじゃないかな。
編集者
クラミー
そうですよね。「可愛い」「好き」の気持ち以上に、動物たちに向き合う覚悟が必要ですもんね。
小宮山さん
そう。良い面だけ見れば、動物って可愛いし、一緒に遊んでいたら楽しいし…となるけれど、生き物である以上排泄だってするわけで、それを僕らは処理し続けないといけない。「可愛い」よりも、食事や排泄物の処理のほうが業務内容の大半を占めるのが動物病院の仕事なんです。「可愛い」や「好き」って気持ちだけでやって来たら、続けられなくなってしまうと思いますね。
編集者
りょうちゃん
最近は獣医科大学も増えてきてますよね。
小宮山さん
そうですね。動物専門の看護学校もあるので、それなりに訓練を受けた方が増えてきたように思います。
編集者
クラミー
専門学校卒業かどうかで差が出ることもあるんですか?
小宮山さん
それがそういうわけでもないんです。正直、勤務して1、2年の間は差が出ることもあるのですが、3、4年経つと差は分からなくなってくることが多いんですよ。確かに動物専門の看護学校を卒業した人は、動物の知識が豊富だけれど、正直それだけの話。それよりも大切なのは人としての真面目さや、勤務した後の勉強だと僕は思っているんです。
編集者
りょうちゃん
確かに、仕事をするうえでは、知識より〈人間力〉のほうが必要だと感じます。
小宮山さん
「今までコンビニで働いていました」という人であれば、そこである程度の挨拶などを身に着けてくるでしょう。学校で得る知識だけでなく、そういった社会経験も大切だと僕は思っています。
編集者
クラミー
数々の獣医や看護師を見て来られた小宮山さんの思う、この職業に向いている素質のある方ってどういった方だと思いますか?
小宮山さん
「これ!」と言えるようなことはない気がします。大切なのは、その人の〈性格〉といいますか。いろんな病院のHPを見ると、募集要項の中に「やる気のある人」と書いてあることも多いのですが、僕はそれは違うと思っていて。やる気があるから仕事ができる、ではなく、コミュニケーションがすべてだと僕は思うんです。
編集者
りょうちゃん
「やる気がある」や「向上心がある」は、よく求められているイメージだったのですが、確かにそれはコミュニケーションが根本にあったうえでの話のような気がします。
小宮山さん
コミュニケーションは、人間の〈生きる術〉。いかに人と上手く接することができるか、それがとにかく大切だと思います。動物病院も例外なく、“思いやり”の世界ですから。例えば症状一つにおいても、深く治療することが必ずしも正解ではなくて、その治療を望むか望まないのか、そういった飼い主さんの機微も感じ取って考えられることが大切なんです。
編集者
クラミー
その機微は、医療現場のリアルな事象ですね。
小宮山さん
治療費に関しても一緒に考えないといけないことですしね。やりたい治療とかかる治療費、そこが両方伴わないと進められないこともあるじゃないですか。どのくらい“思いやり”を軸に治療を考えていけるのか、それを大切にできるかが、強いて言えば必要な素質かもしれないですね。
編集者
りょうちゃん
小宮山さんが長い間、獣医として続けてこられた〈原動力〉は何だったんですか?
小宮山さん
それはやっぱり、飼い主の方との繋がりと獣医への思い入れです。
編集者
クラミー
先ほどの“コミュニケーションの大切さ”にも繋がりますね。小宮山さんの考える“これからの獣医療”を教えてください。
小宮山さん
今、アメリカなどでも問題になっている“最小限度の医療”をどう提供していくのか、そして、アベレージプラクティス(※1)をどれだけ提供できるのかを考えていかないといけないと思います。
編集者
りょうちゃん
獣医療と人間の医療で大きく考え方や体制が変わりそうですね。
小宮山さん
そうですね。人間の医療であれば、紹介制度がきちんとあるので「この症状は私の手に負えません」となった時に、大学病院や大きな専門の病院へ行ってもらうことが可能じゃないですか。ただ、動物病院はその辺が難しい。特に日本では獣医療がアメリカほど進んでいないので、課題がたくさんある状況なんです。
編集者
クラミー
アメリカなどの海外の状況を見て来られた小宮山さんだからこそ、感じ、気づくことのできることだと思います。
小宮山さん
最高と言われるアメリカの医療の現場を見ることができるのは、本当にありがたいな、と思います。上のレベルを見るからこそ、下のレベルが分かる。アメリカで見た医療をどのくらい日本でどの程度まで再現できるのか、それを考えることも僕の仕事だと思っています。
編集者
りょうちゃん
海外と日本の獣医療の決定的な違いは何なのでしょうか?
小宮山さん
最新の医療や、24時間体制での受け入れも大きく違うところなのですが、加えて言うとすれば“女性の就職率”ですかね。アメリカの獣医療従事者の80%以上は女性なんです。
編集者
クラミー
えぇ!日本の獣医の方は男性の方が多いイメージだったので、勝手ながら、すごく意外でした。
小宮山さん
日本が遅れているってわけではないけれど、日本の学会へ行くと80~90%は男性なんです。アメリカと真逆なんですよね。今は「女性が活躍する時代」だからこそ、女性の方々が「もっと活躍できるんだ!」と思えるような分野になれたらいいな、と思います。
編集者
りょうちゃん
では最後に、未来の獣医療の世界を担う方々にメッセージをいただけますか?
小宮山さん
まず、この仕事は“人とのコミュニケーション”をどのくらいとれるか、が大切になります。そして、自分で決めていかなければならない〈勉強量〉も大切。日本では年功序列の制度が古くからあるけれど、うちでは関係なく、その人に見合ったお給料をお渡ししています。どこの病院で働くのであれ、この2つは求められることなんじゃないかな、と。
編集者
クラミー
仕事を始めてから、が勝負ですね。
小宮山さん
そうですね。あと、獣医療の場合は動物が病気になっているのかどうか、痛みを発しているのかどうかが分かりにくいからこそ、〈観察力〉を鍛えて欲しいと思います。
編集者
りょうちゃん
「痛い」「苦しい」と言葉にしないので、確かに判断が難しいですよね。
小宮山さん
そうなんです。〈コミュニケーション力〉と〈観察力〉、それを鍛えながら勉強をし続けて欲しいです。でも、やっぱり一番大切なのは〈コミュニケーション力〉かな、と思いますね。
【インタビューに答えてくれたのは…】
三鷹獣医科グループ 院長 小宮山典寛さん
獣医師、獣医学修士、日本動物病院協会(JAHA)認定/獣医内科認定医
日本大学生物資源科学部獣医学科 1974年卒業
【注釈】
※1:アベレージプラクティス・・・標準的な医療を指し示す言葉