耳、喉に表れる不調は“心”が絡んでいることが多い

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

まず、堀さんの仕事内容を教えてください。

堀さん

堀さん

うちは『耳鼻咽喉科・心療内科』という、あまり聞きなれない科の組み合わせを掲げて診療しているクリニックです。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

具体的には、どのような患者さんがいらっしゃるのですか?

堀さん

堀さん

「耳鼻科」と聞いてイメージされるように、鼻のアレルギーの患者さんや中耳炎のお子さんなどがいらっしゃる一方で、心療内科の診療にいらっしゃる方もいらっしゃいます。というのも、耳の病気とされる“難聴”、“耳鳴り”、“めまい”、“耳閉感”、“聴覚過敏”、加えて“後鼻漏”、“喉の違和感”などの症状は、心の問題が絡んでいることが非常に多いんです。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

へぇ、知らなかったです!

堀さん

堀さん

耳鼻科と心療内科、東洋医学、3つの診療をリンクしているのがうちのクリニックの特徴なので、日々、本当に様々な患者さんを診療しています。

“5代目の医者”ではなく、“開拓者”になりたかった

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

堀さんはもともと、耳鼻科の領域と心療内科の領域が繋がっていると思われていたのですか?

堀さん

堀さん

元を辿ると、僕がそもそも“心の問題”と言われるものに興味を持っていたんです。悩みの多かった学生時代から「人間が生きている間、いちばん使うのは心だ」と思っていたので、精神や「自分は何者なのか」といった問いに対する探求心が尽きなくて。医者になったのも“心”と“身体”の関係に興味があったからなんですよね。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

その時点から、堀さんの中では“心”と“身体”の密接な繋がりが見えていたんですね。

堀さん

堀さん

そうなのかもしれません。日本では、今から50年ほど前に心療内科が誕生しました。当時医学生だった私は、「将来は、心療内科医になろうかな」と思ったこともあったんですよ。ただ、うちは医者(耳鼻科)の家系で、僕はその5代目だったんです。祖父の代にできたこのクリニックを受け継ぐ役目も含め、耳鼻科という狭い分野から入って、広い医療の世界に分け入ろう、そうした決意と野望もあって、あえて心療内科ではなく耳鼻科を選択しました。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

心療内科に惹かれる気持ちを、そっと抑えて家業を継ぐことに対して、葛藤はありましたか?

堀さん

堀さん

ありました。僕の先祖(江戸末期)の一代目の医師は、絵が上手で、絵描きとして自分で稼ぎながら自分を医師にしたという、とても才能のある人だったんです。開拓精神というものが本当に強くて。そういった先祖の姿を感じながら「僕は一代目のように開拓者なのか、それとも五代目の医者なのか」を、強く考えたことを覚えています。その問いから「いや、自分は一代目の開拓者になるんだ」という決意をして、診療の新しいカタチを探ってきました。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

今の堀さんは、まさに耳鼻咽喉科と心療内科を結びつけた開拓者だと思います。

堀さん

堀さん

うちは、“普通の耳鼻科で『検査でも異常がないから、様子を見てください』と言われてしまい、いわば、見放された、、そうした患者さんの最後の塞(とりで)、駆け込み寺のような役割を担うクリニック”なんです。当院は、普通の耳鼻咽喉科であって、同時に、ある意味で普通のクリニックではないんです。僕としては、許されるのであれば、耳鼻咽喉科・心療内科ではなくて、『心療ー耳鼻咽喉科』を名乗りたいくらいなんですが。

身体に表れる不調に、
“心”や“ストレス”を結びつけて向き合う大切さ

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

様々な患者さんを診療されてきた堀さんですが、患者さんを診ているなかで、堀さんが思うこと・考えることがあれば教えてください。

堀さん

堀さん

うちにくる患者さんたちは、心の問題を抱えていらっしゃる方が非常に多く、なかでも若い女性の比率が高いんです。耳鳴りというと中高齢者をイメージされる方が多いと思うのですが、耳管開放症(※1)というあまり知られていないストレス性の病気に関しては、発症する8割が若い女性の方なんです。実は、潜在的には多くの患者さんがいるのです。一方で、この病気の診断と、ましてや治療法は非常に立ち遅れていています。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

私も初めて耳にする病名でした。

堀さん

堀さん

症状は、耳がふさがる感じがして、自分の声や周りの音が耳に響いて不快(聴覚過敏)、耳鳴り、といったものが主で、耳鼻咽喉科へ受診して検査を受けても、「異常はありません」と言われてしまうことが多い病気なんです。「様子を見ましょう」と言われても、患者さんとしては納得できないじゃないですか。それでうちのクリニックへいらして、「何かストレス状況はありますか?」と聞くと、その一言からバーッといろんなストレスが溢れ出してくるんですよね。ストレスを感じていない、そういう方もいらっしゃいます。多くの場合、自身のストレスを自覚できていないんです。医学用語では、過剰適応と言って、無自覚にストレス状況に無理に適応している状態です。体は、正直なので、耳に症状が出る、警報なんです。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

まさか自分が耳鼻咽喉科へ行って「ストレスはありますか?」と聞かれるなんて、皆さん思われていないですもんね。

堀さん

堀さん

そうなんですよね(笑)。これまで耳鼻科領域のストレスに関連した診療にあたるなかで、本当にたくさんの女性のありとあらゆる悩みを伺いました。職場におけるパワハラ、苦情処理の電話対応、定年した夫が、一日中家にいるストレス、いろいろな意味で追いつめられている方たちの姿が浮き彫りになって出てくることが多くて。加えて、大人だけでなく子どもにもストレスがかかっていることがあり、塾や受験、いじめなどのストレスによって耳がおかしくなってしまうこともあるんです。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

そうなんですか…。各々が世代、場所でストレスを貯めてしまっているんですね。

堀さん

堀さん

そうですね。そのストレスが“耳”に症状として表れてしまうんです。症状の背景には、心の深い闇が隠れていて、まさにそれは自分の心が悲鳴をあげている状況なんですよ。まずはそのストレスを本人に認識させて、ご本人が、しっかりと根本から治していく取り組み、セルフケアをしてもらう必要があるんです。

“心の問題”における診療の
諸外国との大きな差を埋めるために

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

先ほど「もともと心の問題に興味があった」と仰っていましたが、堀さんが、実際の耳鼻咽喉科の診療に心療内科を取り入れたキッカケはなんだったんですか?

堀さん

堀さん

人として、医者として「“身体”の不調を治すためには、必ず“心”のケアも必要だ」と考えていたからです。医学が日々著しいスピードで進化している一方で、“心の問題”に関してはまだまだ未熟な領域のままなんですよ。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

事実、「心療内科では何を治療してもらえるのだろう」というふわっとした認識をもたれている方も多そうですね。

堀さん

堀さん

そうなんです。様々な分野を勉強したり、僕自身も瞑想をしてみたりしてきて、“心と体とその結びつきの不思議と神秘”というのは嫌と言うほど体験してきたわけです。その体験を経て、「今の医学の持っている手本・モデルがどれほどまでに不十分か」を痛感して、手掛かりを求めて、心療内科(心身医学)、東洋医学に留まらず、世界にまで答えを求めて探索を継続してきました。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

それは現在の日本の医療における課題ですか?

堀さん

堀さん

そうですね。僕自身、心身医学と東洋医学を勉強してきたのですが、満足できませんでした。昨今、世界中で様々に医療システムの見直しが進んでいます。まだ、メジャーではありませんが。具体的には、統合医療と言って、従来のような人間を機械で修理する発想に留まらず、心身両面から根本的に治療していこうという、新たな潮流が始まっています。いわゆる東洋医学も、同様な発想の一分野です。最終的に私が学んだのは、『アントロポゾフィー医学』(※2)という統合医療の一分野です。すでに、設立して100年を経てEUをはじめとして世界各国に普及しています。アントロポゾフィー(人智学)とは、人の叡智という意味です。ルドルフ・シュタイナーという思想家が、当時の医師らと協働で創始したのが、アントロポゾポゾフィー医学です。この分野には、人間の心がどのような仕組みで生理学的なことに影響しているのかについての、明確なモデルとビジョンが存在しているんです。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

海外ではすでに一歩先に進んでいる医療分野なんですね。

堀さん

堀さん

その通りで、従来、日本では医学部でも、また卒業後の研修を受けても、人の感情がどういったプロセスや形で人体に影響を及ぼすのかを誰も教えてくれないんです。多くの臨床医は、経験的にそれを学び、とりあえず「感情がコントロールできなければ、抗うつ剤を出しましょう」「眠れなければ、睡眠導入剤を飲みましょう」と、機械的に解決しようとする。でもそれでは、その瞬間の症状を抑えることができたとしても、本当に治すことにはならないと思うんですよね。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

確かにそうですね。根本的な治療にはなっていない気がします。

堀さん

堀さん

今、そういった疑問や新たな発想を持っている医療関係者たちが日本中に増えているです。徐々になのですが、医学が新しいカタチに生まれ変わりつつあるのを感じています。

〈好奇心〉と〈セルフケア〉
どんな現場でも、自分の声に耳を傾けてほしい

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

意志を持って、様々な勉強をされている堀さんが、これからの医療を担う若い世代に伝えたいことはありますか?

堀さん

堀さん

何よりも伝えたいのは、「いま与えられているものに満足しないで、好奇心を持ってどんどん掘り下げて欲しい」ということですかね。例えば学生さんであれば、いま学んでいること、教科書に出ていること、それは既に過去の情報なんです。それだけに固執しないで、自分なりに深めていって欲しいと思います。グローバルな時代ですので、世界へと視野を広げてみてほしいです。そして、患者さんをしっかりと理解するためには、まず自分自身の体と心、そしてその密接な関係性を十分に認識し、出来ればそのコントロール能力を高めて欲しいと思います。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

自分自身をしっかりと理解する‥‥単なる知識とは違う探求ですね。

堀さん

堀さん

そうです。では、将来医師になる医学部の学生さんが自分をコントロールする方法を学んでいるのか、と言われると、そういったプログラムは、医学教育の一環として、始まったばかりなんです。実際、昭和大学医学部では、医学生が、マインドフルネスメディテーションを学んでるんです。全国の各大学の医学教育カリキュラムに、セルフケアが組み込まれることも、検討されているんです。患者さんの診療にあたる前に、まず、自分を大切にする方法も身に着けて、現場に出て欲しいと思います。そうして初めて、患者さんを来た人間として理解し、支えることが可能となることでしょう。

医療従事者も、ひとりの人間

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

医療従事者の皆さんのセルフケアは、非常に重要な課題ですよね。

堀さん

堀さん

本当にそう思います。医者も看護師さんも、時には、混乱した患者さんから罵声を浴びせられたり、SNSで中傷をされたり、様々なハラスメントを受けている現状があるんです。実際に、在宅医療に取り組む医師に対するアンケート調査で、「患者さんや家族からのパワハラで、命の危険を感じたことはありますか?」という問いに、5割の医師が「イエス」と答えているんです。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

命と向き合う現場だからこそ、様々な感情が色濃く存在していますもんね。

堀さん

堀さん

医者への不満が、一方的な攻撃に変わってしまうことが、SNSが普及してから以前より増えたような気がします。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

SNSの情報は救いになることもあれば、間違った誤った偏った情報が、一方的に拡散されてしまうこともありますよね。

堀さん

堀さん

もちろん医療従事者は患者さんの病気を治すためにいる。けれど、私たち医療者も一人間なんです。残念ながら、現在、医療現場がとても雑然としがちなんです。空間的にも、時間的にも、物理的にも余裕がない。コロナが、これに輪をかけました。そうした中で、間違いを犯すこともあるし、不十分なこともある。「病気を治したい」という思いや努力が、医療従事者の一方通行だったら治療は上手くいかない。こんな時代だからこそ、医師と看護師、そして患者さんとその家族が、気持ちをひとつにすることが課題なんですよね。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

「医療従事者は何にでも耐えなきゃ」なんてことは絶対にないと思います。

堀さん

堀さん

その通りです。いずれにしても、もっと普遍的に医療従事者が自分自身のストレスコントロールをきちんとできるように、研修会や能力開発などの機会が増えていけばいいな、と思います。

自分を守るためのスキルを身につけて

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

では最後に、いま実際に現場でストレスを抱えながら闘っている医療従事者の皆さんに、アドバイスをいただけますか?

堀さん

堀さん

いま、教育現場でも、ビジネス領域でも『マインドフルネス』(※3)という瞑想の訓練が取り入れられ始めています。それほどまでに“ストレス”に対するケアの重要性が見直されているんです。それは医療従事者の皆さんにも言えること。もし興味があれば『マインドフルネス』というワードを是非、検索して欲しいと思います。

【インタビューに答えてくれたのは…】

東京都大田区西蒲田・ほりクリニック
院長 堀 雅明さん

1956年、東京(大田区)生まれ。
江戸より続く医家の5代目。1982年、昭和大学医学部卒業。同大学病院耳鼻咽喉科、、東京都立荏原病院耳鼻咽喉科(非常勤医師)を経て、祖父から父に受け継いだ堀耳鼻咽喉科医院から1994年にほりクリニックに改名。日本耳鼻咽喉科学会認定専門医、アントロポゾフィー医学国際認定医、共訳書『内なる治癒⼒ こころと免疫をめぐる新しい医学』『がん治癒への道』(ともに創元社) NHK教育テレビスペシャル「人間はなぜ治るのか」に協力。趣味は、ヨーガの研鑽。


【注釈】

※1:耳管開放症
何らかの原因(ストレス等)で耳管がしっかりと閉じなくなってしまう病気。耳が塞がった感じ、周囲の音が響いて不快(聴覚過敏)、自分の声が響いて不快、耳鳴、めまい、など多彩な症状を自覚する

※2:アントロポゾフィー医学
人間を身体、心、精神の統合された全体性として捉え、各個人の生き生きとしたあり方を尊重することを基盤に置き、従来の医学を否定することなく、補完しながらホリスティックなアプローチで治療する医学のこと

※3:マインドフルネス
「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」(日本マインドフルネス学会)と定義された状態へ持っていくためのスキルのこと。