対談インタビュー
医療従事者に新たな〈縁〉と〈場〉を提供。志高くコミュニティ運営に勤しむ臨床工学技士
今回インタビューにお答えいただいたのは、在宅での長時間の看護や旅行の付き添いなど、保険外の看護サービスを行う、市川智絵さん。これまでに経験された、救急科、脳外科での看護との違いや難しさをはじめ、保険外だからこそできる“利用者に安心を届ける自由度の高い看護サービス”ついてもお伺いしてまいりました。
編集者
クラミー
現在の仕事内容を教えてください。
市川さん
現在は、保険外の看護サービスをしていて、主に旅行や、おうちで長時間過ごすときの付き添いを行っています。
編集者
りょうちゃん
どのような経緯で、この仕事に辿り着かれたのでしょうか。
市川さん
もともとは、病院で10年ほど看護師をしていて、なかでも救急科で一番長く働いていたんです。救急科では、突然の事故で障害を持ってしまう方が多く、「障害をもって家に帰るのは心配」という声や、「旅行が趣味だったけれど、障害をもったことで行けなくなってしまった」という声をよく耳にしていたんです。お話しする中で「看護師さんが付いてきてくれたら安心なのに」と言われた時に、「看護師が旅行に付いていくサービスがあったら面白いな」と思い始めて。
編集者
クラミー
実際の声をきっかけに、興味を持たれたのですね。
市川さん
はい。とはいえ、まだその時は「やろう」といった感じではなく、救急科から脳外科の病院に転職したんです。脳外科では麻痺が残ってしまう方が多く、ご自宅に帰って生活するのが不便だったり、ご高齢のため家族と一緒に住むのも難しかったり、という現実を目の当たりにしました。そこで、「もっとおうちでのサポートを充実させられないかな」と思い、訪問看護をやり始めました。
編集者
りょうちゃん
なるほど。脳外科から訪問看護に移られたのですね。そこでは、どのような経験をされたのでしょうか。
市川さん
訪問看護の現場では、患者さんに「お買い物に行きたい」と相談されても、“1日に何時間”とか、“週に何回”とか、時間や場所に制限があるため、「それはできないんです」とお断りしないといけない状況が多くあって。看護師が付いていくだけで患者さんは好きなことができるのに、保険による制約の影響で出来ない状況が心苦しく感じたんです。その時に「昔、救急科でそのようなことを言われたな」と思い出したんです。そこで、長時間の付き添いができるサービスがないかを探したところ、関東では保険外の看護サービスが広まってきていることを知りました。関西ではまだまだやっている方が少なかったので「まずは自分で始めてみよう」と思い、今に至ります。
編集者
クラミー
新たな事業を立ち上げるときが一番大変だと思いますが、まず何から始められたのでしょうか?
市川さん
最初は、在宅の現場を知らなかったので、まずは在宅介護の現状を知ろうと思い、訪問看護を始めました。
訪問看護をやっていく中で、やはり保険の制度によるしがらみがあり、もどかしさを感じていました。日常の外出は保険内のサービスに含まれず、付き添いできるのにできないというジレンマを感じました。私の性格上「悩んでいたらいつまで経っても始まらない!」と思い、とりあえず訪問看護を辞めて、サービスを始めてみました。最初はこういったサービス自体知られておらず、仕事もなかったので、パートやアルバイトをしながら少しずつ新規開拓をして広めていきました。
編集者
りょうちゃん
サービスの需要はあるのに、知られていないがゆえに、サービスができない状況はもどかしいですね。
市川さん
はい。まさにそれが課題でした。やはり自費で受けるサービスなので、どうしてもターゲットがお金を持っている方になるんです。そういった層の方ともともと接点がなかったので、まずはその接点作りから始めました。
編集者
クラミー
具体的にはどのように動いているのでしょうか?
市川さん
ケアマネさんや施設を回ったり、交流会に行ったりして、「こういうことをやっています」と宣伝し、そこから紹介をしてもらっています。7、8割の方に「知らなかった!」という反応をいただくので、まだまだこれからだな、と感じますね。
編集者
りょうちゃん
今まで病院や会社でやられていたところから、個人になって自由度が広がる分、困難も多かったと思います。独立への一歩を踏み出したきっかけは何だったのでしょうか?
市川さん
やはり「やってみたい」という気持ちですね。10年も病院で看護師をやっていると、どうしても上の立場にならざるを得なかったんです。立場上、後輩に教えて皆が出来るようにしなければならないけれど、私は自分でもっと患者さんに色々してあげたいという葛藤があって。このまま病院で働き続けたら、自分のやりたいことが出来なくなってしまうのは勿体ないと思い、独立を決心しました。
編集者
クラミー
独立のために準備されたことはありますか?
市川さん
私は勢いで始めたので、準備は全くしていなかったです(笑)。今となれば、病院で働きながら情報集めをしていたら良かったな、と思っています。
編集者
クラミー
病院や、今のサービスで働かれている中で、仕事の活力になるような出来事はありましたか?
市川さん
やはり「ありがとう」という言葉が一番嬉しいですし、活力になりますね。以前脳外科にいたとき、成人式のために髪を伸ばしている若い女の子がいたんです。頭の手術をしたのですが、術後どうしても傷跡や麻痺のケアに意識がいきがちで、髪がボサボサなままになってしまっていて。その彼女に、シャンプーとヘアセットをしてあげたら、鏡をみて「わぁ〜!」と喜んでくれたんです。退院する時にも、「あの時髪の毛綺麗にしてくれて、とても嬉しかったです」と言ってくれて。何気ないことですが、看護師をやっていて良かったと思った瞬間でした。
編集者
りょうちゃん
身だしなみまで気づいてケアしてくれる看護師さんがいると、患者さんも嬉しかったでしょうね。
市川さん
ありがとうございます。やはり脳外科では、麻痺が残ったり障害があったりと、しんどい場面が多いので、少しでもほっとさせてあげることを心掛けて看護にあたっていました。例えば、お風呂に入れず体を拭くだけの患者さんでも「足をお湯につけたり、石鹸で顔を洗ったりしてあげるだけで、気分転換していただけるかな」と、考えたり。
編集者
クラミー
患者さんの辛さやしんどさに対峙する時には、自分の感情と切り離してお仕事されているのかなと思っていました。実際にはそうではなくて、しんどい中でもほっとさせてあげる、プラスのケアを考えられているのですね。
市川さん
はい。麻痺や辛さに視点を置いてしまうと「何もできないな」と思ってしまうのですが、その一歩先に視線を移すと、自分にもできることがあると気づけるんです。そうしてケアしていた方が、元気に退院していく姿を見ると、「この仕事をしていて良かったな」と思えますね。
編集者
クラミー
退院までのケアをする病院に対し、現在の仕事は、生活に戻られた方のアフターフォローになると思います。心掛けることは変わってくるのでしょうか?
市川さん
はい。元気になってもらうための病院とは違って、在宅ケアは、“病気と一緒に生きてゆく”という考え方なんです。病気の進行は、遅くすることはできるけれど止められないもの。では、その残された時間をどうすればより良く過ごしていただけるか、を大切にしています。
編集者
りょうちゃん
同じ残された時間でも、ベッドの上ではなく、好きなことをして過ごせたら、気持ちも大きく変わりますよね。
市川さん
その通りです。例えば、ご高齢のご夫婦で、娘さん息子さんも働き盛りで家庭があり、身動きが取れないという方でも、看護師がひとり付き添うだけでどこにでも行けるようになる。それだけで、とても喜んでもらえるんです。喜んでくださる姿を見てやりがいを感じるのは、病院も在宅も一緒ですね。
編集者
クラミー
救急科、脳外科、訪問看護では、全く違うこともあれば、通じることもあるのですね。訪問看護に行った時に、困惑したことはありますか?
市川さん
「担当を変えてほしい」と言われたときは落ち込みました。どの対応がいけなかったのか、何か気に障ることを言ってしまったのか、どのような対応をすればよかったのか。しばらく考えていましたね。
編集者
りょうちゃん
ショックを受ける言葉ですね。その時は、どのように立ち直られたのでしょうか?
市川さん
周りの方が「人と人との相性があるから、あまり気にしなくていいよ」とフォローをしてくださりました。在宅で過ごされている方のそれぞれの生活に合わせた対応の難しさを感じました。病院とは違った看護の面白さも同時に感じました
編集者
クラミー
なるほど。患者さんが主体となる、訪問看護ならではの言葉なのですね。よくある事だと分かっていても、病院から移って初めてその言葉を言われると、落ち込んでしまいますよね。
市川さん
そうなんです。でも、病院で経験を積んでいて良かったなと思うこともあって。
編集者
りょうちゃん
それはどういった面でですか?
市川さん
訪問看護は1人で訪問するので、1人で判断ができないといけないですし、不安があると患者さんに伝わってしまうので、病院に勤めてから訪問看護、という経歴は良かったのかなと思っています。
編集者
クラミー
病院での看護と、訪問看護、それぞれこういう方が向いている、というタイプはありますか?
市川さん
病院は最先端なイメージで、急性期、つまり病気や事故にあった方を、治療や手術で治したい方が向いていると思います。逆に在宅は、一人ひとりとゆっくりお話しをしてケアをしたい方が向いていますね。
編集者
りょうちゃん
市川さんは、もともと在宅看護をやりたかったのでしょうか?
市川さん
実は最初はやりたくなかったんですよ(笑)。救急でバリバリ働きたかったのですが、やっぱり30代を超えてくると体力的にしんどくなってきてしまって。一度、お昼の勤務の時に救急車1台、ヘリが2台と3件続いてきて、その全てを胸開けて心臓マッサージしなければならないことがあって。その時には「もう無理だ〜!」と思いました。
編集者
クラミー
やはり救急はハードなのですね!確かに、お昼休憩も取らずに現場に向かうようなイメージがありました。
市川さん
はい。かなりハードな現場ですね。その分、採血や点滴などの件数が圧倒的に多いので、技術を幅広く学ぶことはできると思います。
編集者
りょうちゃん
この先の展望を聞かせてください。
市川さん
最近保険の制度も少しずつ変わっていって、1割負担から3割負担になるなど、利用者さんの負担や制限も増えています。しかし、在宅で過ごされる方もどんどん増えていく分、やりたいことも、増えていく。その中で、こういうサービスがあると知っていただいて、悔いのない時間を過ごしていただきたいと思っています。それは、旅行だけではなく、家族と過ごす時間だったり、庭でお花見をする時間だったり、そんなちょっとしたことでいいので、思い出に残るような付き添いがしたいです。そして、それを一緒にやってくれる仲間がどんどん増えていけばいいなと思っています。
編集者
クラミー
まずは、知ってもらうこと、ですね。いざ必要になったときのために、皆が知っておくべきサービスなのかなとも思います。
市川さん
そうですね。私自身インスタグラムをやっているのですが、どうしても元々興味がある人にしか届かないという難しさがあります。今は、周りにアピールしてとりあえず知っていただくことを大事にしていますね。
編集者
りょうちゃん
利用者さんだけでなく、看護師にも、働き方の一つとして広がってほしいサービスだなと感じます。
市川さん
まさにそう思います。子育てなどで病院を辞める看護師の方も多いと思うのですが、看護師も、やりたいと思ったら、色々な働き方を選べる時代。保険外のサービスを知ってもらうことが、他にもこういうことができるのでは、と考えるきっかけになって貰えたら嬉しいです。何かあった時のための安心感を与えられる、看護師ならではの強みを、活かす道を選んでほしいですね。
【インタビューに答えてくれたのは…】
市川智絵さん
在宅での長時間の看護・介護や、旅行の付き添いなど、保険外の看護サービスを行う看護師。
【経歴】
高校卒業後、県立の付属の看護専門学校に入学。
卒業後は、県立病院の救命センターに就職。
ICU、HCU、ERを経験し、脳外科の病院に転職。
在宅での生活に興味が出て、訪問看護に転職。
訪問看護をやりながら訪問入浴、デイサービス等を経験し、保険外看護サービスを立ち上げました。