食をツールに!
病院だけではない、看護師の在り方

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

現在のお仕事内容を教えてください。

小鹿さん

小鹿さん

主に、日中はここ「おむすびスタンド むすんで、にぎって。」で店主をしていて、夜には、サービス付き高齢者住宅で夜勤の看護師として働いています。その他にも、“コミュニティナース”の活動として、地域食堂の運営や、その経験を活かしたコミュニティナース養成講座を開いたりしています。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

なるほど、主に“食”を通じてコミュニケーションをつくられているのですね!

小鹿さん

小鹿さん

はい。食がツールになることが多いですね。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

どのような経緯を経て、現在の働き方にたどりついたのでしょうか。

小鹿さん

小鹿さん

元々は、病院で看護師をしていたんです。看護師の仕事が大好きだったので、「私は一生病院で働くんだ」と信じて疑わなかったのですが、ある時 “看護の視点”が変わる出来事があって・・・。

退院したくない・・・
患者さんの声で、初めて気付いた〈社会的孤独〉

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

看護の視点が変わったきっかけは、どのような出来事だったのでしょうか。

小鹿さん

小鹿さん

看護師になって1年目の時に、集中治療室で働いていたんです。常に命と隣り合わせで、退院できること自体珍しい病棟なのですが、ある日、一人のおじいちゃんが退院できるようになりまして。私は、それが嬉しくて、意気揚々と「退院おめでとうございます!」と伝えに行きました。すると、開口一番「お腹が痛いから帰れない」と。医師が診ても特に悪いところはなかったので、再度退院できると伝えたのですが、本人は頑なに「帰りたくない」と言うんです。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

お腹が痛いわけではなさそうですね・・・。

小鹿さん

小鹿さん

そうなんです。よくよく話を聞くと、家に帰ると一人きりだから帰りたくなくて、お腹が痛いと言ってしまったようでした。退院=喜ばしいこと、だと思っていた私には、とても衝撃的で。“社会的孤立”と言うワードが頭に残った出来事でした。あの寂しそうにお家に帰るおじいちゃんの背中は、今でも印象に残っています。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

なるほど。それから、“社会的孤立”をキーワードに活動されたのでしょうか?

小鹿さん

小鹿さん

いえ、その時はまだ他人事で、高齢者だけの問題だと思っていたので、行動に移すこともなく、病院で忙しい日々を過ごしていました。行動に移したのは、“社会的孤立”をもっと自分事に感じてからになります。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

自分事に、といいますと?

小鹿さん

小鹿さん

数年経って長女を出産し育休を取った時に、長女に重いアレルギーがあったために外食することができず、中々外に出掛けることもできなくて、家で赤ちゃんと二人きりで過ごす日々が続きまして。そんな時にあのおじいちゃんを思い出し、「今、もしかして私も“社会的孤立”に陥っているのでは?」と気づいたんです。まだ26歳で、仕事仲間も友達もいる私が、まさか社会的孤立に陥るとは思ってもいなくて。社会的孤立は、どこにでも、誰にでも有り得ることなんだな、と身を持って実感した出来事でした。そのときから、何かしら“居場所”を作れないかと考えるようになりました。

“食べなくてもいい”地域食堂で、
世代を超えた居場所づくりを

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

その居場所づくりへの想いが、今のお仕事につながっているのですね。

小鹿さん

小鹿さん

はい。2人目の育休中に、まだ何をやるかも決めていないまま、市がやっていた創業スクールへふらっと行ってみたんです。そこで、自分が作りたい居場所を深堀りしていった結果、“地域食堂”に至りました。というのも、私自身働きながら育児をしていく中で、「子どもたちに毎回手作りのご飯を作ってあげたいけれど、それでは自分が疲弊してしまう」というジレンマを抱えていて、「手作りのご飯を外で食べられたらなぁ」と思い、食に興味を持っていたタイミングで。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

なるほど。居場所×食、を考えた結果、地域食堂が生まれたのですね!

小鹿さん

小鹿さん

はい。それが、2017年にオープンした地域食堂、「おかえり処 お結びころりん」です。誰もが食べるおむすびを通じて、赤ちゃんから、親御さん、宿題をしに来る子供たち、おしゃべりにくる高齢者まで、コロコロと世代を変えて、人や地域を結べるようにという願いをこめました。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

素敵な名前ですね!「おかえり処」という響きにも、安心感があります。

小鹿さん

小鹿さん

ありがとうございます。居場所作りのための場所ではあったのですが、看板に「居場所」と書いてしまうと、周りの目が気になって、入りづらくなってしまうと思いまして。みんなが帰ってこられる場所という意味をこめて、「おかえり処」と名付けました。誰でも入りやすい「食堂」という形をとった上で、“食べなくてもいい食堂”になっています。

より深く、身近に、患者さんと関われたら
コミュニティナース活動の始まり

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

地域食堂を作ってみて、気づいたことや、変化したことはありますか?

小鹿さん

小鹿さん

はい。病院で看護師をしながら、母と地域食堂をやっていたのですが、その中で看護に関して面白いなと思った点がありました。というのも、地域食堂で働いていると、「この人はこういう生活をしているんだな」とか、「この音楽が好きなんだな」とか、その人の背景や生き方、大切にしているモノが見えてきたんです。それに対し、病院では、患者さんの背景まで深く知れていなかったことに気付いて。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

確かに、病院では時間も限られていますし、治療や症状の話を優先してしまいますよね。

小鹿さん

小鹿さん

その通りなんです。患者さんについてよく知っているつもりが、病気という一部分しか見ていなかったんだな、と深く感じました。それと同時に、看護師としてもっと身近な存在となれば、些細な変化にも気付いてあげられるのではないかと考えて。そのような活動がないか調べたところ、「コミュニティナース」という活動を見つけたので、すぐにその講座を受講し、私もコミュニティナースの活動をはじめました。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

普段から気にかけてくれる存在がいれば、地域の方も安心ですね。

小鹿さん

小鹿さん

はい。ご家族の方以外で、「あの人はこんな人だよね」と知っている人が街の中に多いことが、セーフティネットになり得ると考えています。そのために、街に居場所を作っていきたいですね。その一つとして今は、地域食堂に続き、若者や社会人も入りやすい居場所を目指し、ここ「おむすびスタンド むすんで、にぎって。」も開いています。

看護師の副業は看護師だけ?
医療職ならではの、自在な働き方

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

最初にもお伺いしましたが、現在は、地域食堂「おかえり処 お結びころりん」の経営、「おむすびスタンド むすんで、にぎって。」の店主、コミュニティナースとしての活動に加えて、夜勤の看護師の仕事も続けられているのですよね。

小鹿さん

小鹿さん

やはり飲食店では売り上げに波があるので、3人の子供を育てるためには安定した収入も必要だと考え、看護師も並行して続けています。また、シンプルに看護師のお仕事が好きで離れられなかったことと、現場を離れると勘が鈍ってしまうなと思ったことも理由の一つです。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

起業する方には、もう一つの軸を完全にやめる方も多いですよね。その選択はなかったのでしょうか?

小鹿さん

小鹿さん

確かにそうですよね。しかし、医療業界においては、複数の軸を並走させやすいんです。24時間勤務できて、パートでも、派遣でも、日勤でも、夜勤でもよい、フレキシブルな働き方が出来ることが、医療職の強みの一つ。私自身、訪問看護と地域食堂の比重を少しずつ調整しながら働けているので、看護師をしていてよかったなと思っています。

街へ出れば、視野が広がる。
まずは人に会って、話してみて!

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

さまざまな方にインタビューしていると、病院での勤務に時間も体力も使うため、働き方のシフトチェンジをする余裕すら持てなくなってしまう印象を受けます。

小鹿さん

小鹿さん

その気持ち、とてもわかります。私もフルタイムで働いていた時には、家と保育所と病院の往復しかしていない自分に、気付きもしていませんでした。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

そうですよね。疲れて帰って、育児をして、またお仕事、の生活が普通だと思ってしまいます。

小鹿さん

小鹿さん

その通りなんです。いざ居場所作りのため街の中に目を向けた時に、「こんな場所があるんだ」「こんな人が居るんだ」と気づき、やっと自分が井の中の蛙だったことを知りました。割と大きな総合病院で働いていたので、そこが広い世界だと思い込んでいたんですよね。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

なるほど、自分が井の中に居ることにすら気付けない状態だったのですね。

小鹿さん

小鹿さん

はい。世界が広いことを知ったうえで病院を選んで働くのと、知らずに病院しかないと思って働くのとでは、看護観も大きく変わってくると思います。私自身、先ほどもお話した通り、地域食堂で知ることができた“人の背景”をペルソナ(※1)として、病棟の患者さんと向き合うことができたんです。何十代女性の〇〇をしている方、と聞いたら、「あの人っぽいな」と想像して質問でき、関係性を築きやすい、というように。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

病院にいるだけではできない、話の引き出し方が出来るようになったのですね。

小鹿さん

小鹿さん

はい。それが、街の中に出て良かったなと思ったことでした。看護師というのは、もちろん専門的な知識や技術も必要ですが、本質は〈人生に寄り添う〉ことだと考えていて。そのためには、想像力や慮る気持ちだけではなく、実際にいろんな方と触れ合って知っていくことも大切だと思うんです。それが、地域食堂を通じて出来たので、看護師としてプラスになったと感じています。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

今一点だけに視野が集中してしまっている人にも、是非街に出てみてほしいですね。

小鹿さん

小鹿さん

自分で足を動かして人に会ってみる、話してみることが大切だと思います。コミュニティナースの仲間にも、飲食店をやっていて気軽に会える人がたくさんいるので、是非声をかけてほしいです。最近では、SNSのダイレクトメールで、「会いに行っていいですか?」と声がかかることもあるんですよ。昔に比べて、視野を広げる第一歩のハードルがとても低くなったなと思うので、是非活用してほしいですね。

目指すのは、街の中、日常の中で、
穏やかに生ききる居場所づくり

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

最後に、これからの展望はありますか?

小鹿さん

小鹿さん

暮らしてきた馴染みある街の中で、その人が最期まで生ききることができる “終の棲家”を作りたいと思っています。それこそ、地域食堂のような色々な人が集まる建物の続きに、プライベートな空間があれば、誰かの喋り声や、料理の匂い、テレビの音など、“日常”の中で最期を迎えることができるのではないかな、と。

編集者<br>りょうちゃん

編集者
りょうちゃん

確かに、病院の無機質な部屋で死を待つ時間は、恐怖心を抱いてしまいそうです。それに比べ、日常の中なら、穏やかな気持ちでいられそうですね。

小鹿さん

小鹿さん

はい。日常の中でなら、その恐怖、痛み、辛さ、を少しでも和らげることができるのではと考えています。私自身、病院でもターミナルケアに注力していたのですが、やはり病院に来てから亡くなるまでの限られた時間では、その方が何を好きで、どんな背景があって、というところまで深く知ることができないんです。それに対して、地域の居場所で元気なうちから知っている者同士であれば、何を大事にしているのかも汲み取って、良い看護ができるのではないかと思っていて。食やコミュニティナースの活動をツールに、その人がその人らしく生ききることができる居場所作りを目指しています。

編集者<br>クラミー

編集者
クラミー

もしその“終の棲家”となる居場所ができたら、ぜひお伺いしたいです!本日は貴重なお話を、ありがとうございました。

【インタビューに答えてくれたのは…】
小鹿千秋さん
病院で看護師として働きながら、地域食堂を立ち上げ、その後起業。
コミュニティナースとして、地域に寄り添った活動をしている。
2008年 看護師資格取得 総合病院に勤める 
2016年 社会的孤立に陥ったことをきっかけに創業スクールへ
2017年 地域食堂「おかえり処 お結びころりん」立ち上げ
2020年 12年間勤めた総合病院を退職
2021年 おむすびスタンド「むすんで、にぎって。」開業
2023年 コミュニティナース養成講座1.2.3期を開催し、22名輩出。

【注釈】
※1:ペルソナ・・・サービスや商品を利用する、典型的な顧客モデルを意味するマーケティング用語